気まぐれ日記 2015年7月

2015年6月ここ

7月1日(水)「2週間ぶりの非常勤講義の準備・・・の風さん」
 予定通りに早起きできた。外も天気予報通りに雨だ。長女が寝ている間に、先週やれずに明日2週分やる非常勤講義の準備をしなければならない。比較的詳しいトヨタ生産方式の講義だが、毎年かんばんシステムのシミュレーションで苦労している。
 昼食は久しぶりに3人で食べた。
 午後になっても講義の準備が終わらず、だんだん焦ってくる。天気は相変わらず悪い。そのうち早起きの後遺症で身体がだるくなってきた。限界だった。そこで、待たせていた長女とドイツ旅行の写真選択続けて印刷作業に取りかかった。アルバムに整理する作業が中断したままだったのだ。
 夕方、車検が完了したアクアに乗ってカリチューの社長が来てくれた。今度は、ドアミラーを修理するために、キャメロンに乗って行った。おみやげは地元の美味しい卵。
 夕食後も非常勤講義の準備を続けた。結局、これだけで1日が終わったようなものだった。
 しかし、合間合間に3日の夜10時からテレビに出ることをあちこちへメールで伝えた。もう二度とないかもしれないので、醜態をさらしているとしても、見てもらう価値がある気がした。

7月2日(木)「2コマの非常勤講義・・・の風さん」
 またバタバタする木曜日がやってきた。非常勤講義である。今週は2回分なので余計大変だ。
 いつもより早く家を出た。キャメロンはドック入りなので、代車のパッソである。
 途中駅に駐車し、電車と地下鉄を乗り継いで本山キャンパスへ。車中では古い本を読んだ。『Made in America』だ。70年代末から80年代中盤のアメリカの状況を知ることができる。今の日本と似たところがあって勉強になる。
 キャンパスに着いたら馴染みの警備員から「明日テレビに出るそうですね」と言われた。事務員から聞いたという。しばし雑談。
 今日は2コマ連続なので、学生たちの出席がにぶい。10分遅れでスタート。
 最初の1コマは予定したところまで行かなかった。コーヒータイムはしっかりとった。
 2コマ目では、見せる予定だった動画を1つ忘れ、早目に終了した。疲れてくるとボケる。ま、来週見せればいいのだ。
 午後6時に帰宅できた。常識的には1日仕事。
 夕食後、ビジネス本の執筆を再開するための前準備として、展示会の資料の整理と名刺データの保存をやった。
 明日のテレビを観るよ、という返信もいくつか来ている。私は自宅では観れない。感想メールが怖い(笑)。

7月3日(金)「テレビ出演で俎上の鯉・・・の風さん」
 とうとう運命の日がやってきた。テレビ初出演(実際は収録映像のON-AIR)。ベストは尽くしたがベストは実現できなかったので、悔しい。そう思う日々を10日近く過ごしてきた。しかし、もう開き直りの気分である。
 ワイフが名古屋へ出かけ、長女が寝坊している間に、少しでも仕事をしようと思ったが、はかどらないうちに正午をまわった。
 ワイフの帰宅は午後2時頃になるというので、長女をパッソに乗せて近くのうどん屋に昼食を摂りに行った。冷たいうどんが美味い季節がやってきた。帰りにJAに寄った。
 ワイフが帰宅して長女と出かけている間に、疲れて昼寝してしまった。相変わらず体力がない。
 放送が始まる30分前に、義父や義妹や兄へテレビ出演を連絡して少々バタバタした。
 終わってから書斎に行き、メールが来ていないか、フェースブックに書き込みがないか確認した。
 司会の六平(むさか)直政さんと縁があることを教えられて驚いた。お父上が秋田県本荘市(現由利本荘市)の人だって! ネットで確認すると、そのお父上の出身大学は私と同じ! 先輩じゃん。
 友人・知人らはボケ老人に優しい。何とか今夜は眠れそうだ。

7月4日(土)「慌ただしい雨の1日・・・の風さん」
 朝から雲行きが怪しい。今日こそは執筆を再開せねば。
 朝食後、スマホが鳴った。ディスプレイを見ると、五大路子さん。昨夜の放送を見られたのだ。
 いや〜、芸能人は初舞台にちゃんとお祝いの電話をかけてくるんだ〜。頭が下がる。
 でも話はすぐ別の話題になった(笑)。番場の忠太郎の碑の供養があるらしい。誘われた。うまい具合にスケジュールは空いている。
 今年はお互いに長谷川伸の会を欠席したので、そこで会える。楽しみだ。
 今朝もテレビを観た感想がメールなどで届いた。友だちのメッセージはありがたい。
 雑務をせずに執筆に取り組んだ。……すると、またスマホが鳴った。何とキャメロンの修理が終わったので、届けてくれるという。
 ワイフに伝えると早速パニックになった。来客対応である。ふだん2匹の猫に家中を荒らされているので、きれいにしなければならない。しかし、慣れたものだ。またたくうちにリビングが来客モードに変貌していく。長女は二階へ避難した。
 まもなくカリチューの社長が到着した。キャメロンにドアミラーがついている。手作りで修理した顛末を拝聴した。パワーウィンドウのスイッチも、だ。
 リビングで昨夜のテレビの感想を聞き、ついでだからと、私も和算書を持参してお見せした。実に熱心に見ておられた。
 その後、ペットの話や雑談をし、雨の中、社長は代車のパッソに乗り換えて帰社した。
 遅い晩御飯までにビジネス本の原稿を1セクション仕上げた。久しぶりの達成感。
 次女が遅く帰宅した後、午後11時過ぎに、雨の中、ワイフと一緒に長女を名古屋まで送った。アクアで安全速度で走った。

7月5日(日)「本来のペースに戻ったものの・・・の風さん」
 久しぶりにフルオプションの1日に挑戦する。……と気合を入れて飛び起きた。
 午前中は、ひたすら雑事の処理。リンガフォンのテープも聴いたが、すっごく難しい領域に入っている。40年近い前によくこんなのをこなしたな、と思う(ちなみに米語中級コースでした)。ゴールに到達することが目的だったのだ(つまり身に付いていない)。
 昼食後、やっとビジネス本の原稿に取りかかった。勉強しながらやっているので、けっこう新鮮な発見がある。
 意外と時間がかかって1セクションを夕食時までかかってしまった。
 朝から突っ走ったせいか、息切れ。夕食後は、どうにも気合が入らない。
 余裕をもって終わる予定が、最後は「とりあえず」を連発し、今日は2セクション完了。これから毎日このペース以上が必要だ。

7月6日(月)「夕方からエンジンがかかった・・・の風さん」
 頑張って、早起き……じゃなかった、寝坊せず起床。
 外は雨模様。しかも気温が低い。まるで秋のような感じだ。ワイフによると梅雨入りしているとのこと。知らなかった。
 ここのところ天気はず〜っと悪い。次女からもらったバラの種は、7つのうち5つが芽が出たが、すべて枯れてしまったようだ。日光が足りなかったのだろうか。
 昨日の反省で、朝からフルオプションはやめて、ビジネス本の執筆に重点的に時間配分することにした。
 書斎の窓から近所の電柱の取り換え工事が始まったのを見たが、雨のせいか、途中で撤収していた。
 週が明けたので、先週の金曜日の夜の番組を観た感想が、何本かメールで入った。皆さん、それなりに楽しんでくれたようだ。私自身は、恐らく大いに恥をかいたのだろうが、みんなのために少しでも役に立てば、じっと我慢するしかない。
 それにしても、本業の執筆が問題だ。
 なでしこジャパンが米国の速攻に蹴散らされた。苦戦が予想されていたが、これほどまでとは。世の中厳しい。
 ギリシャの国民投票が「反対」圧勝となった。意外な結末。中ロがどのような関与をするか、世界のオセロゲームは目が離せない。
 テレビを観ない私でも、世界の動きには注目している。
 実は、夕方まで元気が出なかった。体力不足。
 それでも、かろうじて2セクションをこなして終了。やれやれ。

7月7日(火)「相変わらず不調・・・の風さん」
 頑張るためにたっぷり寝て起きたが、どうも気合が入らない。
 とにかく明後日の非常勤講義の準備が重要なので、そこから手をつけた。しかし、これがなかなか終わらない。
 昨日は頭痛薬を飲んで頑張ったが、今日は薬に頼るのはやめよう。
 寝坊したので、朝食は昼近かったわけだから、もちろん昼食はヌキ!
 結局、夕方で講義の準備を打ち切った。
 夕食後、やっとビジネス本の原稿に着手。
 すると、I社へ送ってあった原稿のゲラがPDFで届いたので、すぐに校正して返却した。
 早ければ9月に掲載されるとのこと。8月は『数学文化』が出るので、調子に乗れるかも。待てよ、S社の共著、まだ届かないな。
 結局、1セクションだけ書き上げ、就寝は午前4時となった。
 また受験生みたいな生活が始まった。

7月8日(水)「薬に頼った風さんの巻」
 花粉症の後遺症が残っていた目がやっと治ってきたのだが、運動不足のため、体調はあまりよくない。
 今日こそ頑張らねば、と思って、朝からロキソニンを服用した。
 最初に手をつけたのは、明日返却する非常勤講義の課題レポートの採点である。評価だけでなく、コメントを書くようにしているので、時間がかかる。午前中では終わらなかった。
 その間に、スタッフから選日の番組のDVDが送られてきた。まるで商品のように表面が美しく印刷もしてある。ワイフはすぐ見たそうだったが、私は来週まで見ている余裕はない。
 執筆マシンに向かいながら、書斎の小さな窓を通して外が見える。裏の土地を後から購入したので(資産価値は落ちる一方)、障害物はない。今日は雨が降ったりやんだり。途中で激しい降りにもなった。気分も憂鬱。
 しっかり勉強してきたはずなのに、ビジネス本の執筆がはかどらない。追加の勉強をしているうちに、名商大のビジネススクールに通っていた頃を思い出した。こうやって毎週末、徹夜で土日の集中講義の準備をしていた。今はそれが毎日のように続いているみたいだ。
 とは言え、ビジネススクールの経験は、明らかに役に立っている。知識もだが、こういった集中的な勉強とビジネス対応である。
 人間は何歳になっても成長すると言われるが、ある程度、修羅場というか、何かハードルを乗り越える体験が必要だと思う。
 夕方近くなっても、どうにも気合が入らないので、バファリンを服用した。
 つまり今日は、頚椎症や頭痛(持病だね)に耐えられる精神力が出てこないのだ。それで、薬に頼った。
 不思議なもので、頭痛が軽快したころから気合も復活した。
 最後はヨレヨレだったが、午前0時半でひと区切りつけた。出来は悪い。

7月9日(木)「また非常勤講義で失敗・・・の風さん」
 7時半起床。昔ならこれでも遅いが今では早い(^_^;)。
 今日の非常勤講義の準備をまだやっている。レジュメは断念したが、スライドは大幅に追加。採点したレポートのスキャナー読み取りもした。
 久しぶりにキャメロンで出発。やはり走りが断然違う。スポーツカーというよりレーシングカーだ。この感触がある限り、スピードを出さなくても楽しめる。途中駅に駐車して、電車と地下鉄で本山キャンパスへ。車中ではビジネス本を読んだ。
 事務員から番組を見たという報告を受けて、雑談しているうちに、トイレに行く時間もなくなってしまった。
 先週できなかった動画を見せようとしたら、違った動画ファイルを持ってきてしまい、来週にすることに。ボケ老人はこれだから困る。それにしても、2007年から大野先生のマンツーマンゼミを受けるためにここへ通い始めてもう8年目になる。現在でもまだ先生の教科書を勉強中である。だいたいマスターできたころに、非常勤をクビになるかもしれないが、勉強とはそういうものかもしれない。 
 帰宅したが、既にパワー切れ。
 夕食が終わったのが午後9時で、明日の健診のために絶食モードに入った。
 体力不足で執筆がままならなかったが、そんな状態でもできそうなことをやって、午前零時にベッドに倒れ込んだ。

7月10日(金)「共著が出版された・・・の風さん」
 昨夜9時半から絶食状態のままキャメロンで家を出た。1年ぶりの健診がある。会社の健保組合からの脱退猶予は2年間なので、今回で終了する。昨年と同じ場所だが、よく覚えていないので、ナビをセットした。
 絶食しているのはバリウム検査があるからだ。昨年は朝ほんの少しだけ水を飲んだと申告したら拒否されてしまい、ペプシ検査になった。今年はちゃんと絶食してきたが、どうもお腹の調子が悪い。やや便秘気味である。これはバリウム検査にとっては全く良くない。受付でペプシ検査に変更してもらった。
 簡易的な健診なので、どんどん終了していった。
 帰りにGSに寄って4000円分だけセルフ給油した。
 キャメロンの窓を開けて走ると外の冷たい風が吹き込んできて気持ちよかった。
 昼食後、いよいよ執筆再開だ。
 外を眺めると日が差してきた。気温が上昇しそうだ。
 夕方また書斎でダウンしたが、元気が戻った。
 やっと共著が届いた。『角倉一族とその時代』(思文閣出版)である。大きな本になることは予想していたが、装丁がとてもきれいだった。研究書にしては珍しい。高価なので、地元の図書館には1冊しか寄贈できない。そして、閉架にしてもらうつもりだ。
 それから、三大疾病の保険証券がやっと届いた。保険契約の見直しはいよいよ最終段階を迎える。
 夕食後、執筆のペースを上げたが、予定より遅い午前2時の就寝になってしまった。

7月11日(土)「降雨がなくても・・・の風さん」
 今年になって近所で2軒新築があった。人口減少が避けられない当地において、歓迎すべきことだが、奇跡としか考えられない。
 そのうちの1軒が、地元の土建屋さんの施工なので、オーダーメードをPRするため、オープンハウスを始めた。早速がワイフがトールの生徒とちゃっかり見学してきた。収納が多い住みやすそうな家だとのことである。
 ここに家を建てた時は、非常に気に入っていた。先ず田舎であること。次に、新興住宅地だが、土地を少しずつ販売していて、将来一斉に高齢化することはないと思ったからだ。しかし、リーマンショックを境に新築が激減した。全国的な少子高齢化と人口の都市集中が追い打ちをかけた。今や消滅が心配される地域になってしまったのだ。
 朝から湿度が高く、気分的には憂鬱だが、特に大きな用事がない今日は、絶好の執筆日和と思った。
 しかし、終わってみたら、午前2時。楽勝と思われたセクションを一つ仕上げただけだった。

7月12日(日)「形を変えて成功・・・の風さん」
 ゆっくり起床した(つまり寝坊した)。
 書斎に入ってまもなく正午の音楽が流れた。
 突然ビジネスコンサルタントの話。セミナー講師もやっているが、早い話がビジネスコンサルタントみたいなものだ。
 こういうのがある。
 組織が初めてのことに挑戦するときは「意識を変える」ことが重要である。固定観念や因習を取り払うために、様々な工夫が必要だ。
 しっかり運営されていた組織がうまく機能しなくなっていて建て直すときは「形を変える」のがよい。何かがゆるんでいることが多いので、ルールやマニュアルを作ってそれにしたがって行動してみるのだ。それに従っているうちに、再び元の良さが戻ってくる。
 執筆が停滞していたので、二つ目の方法を選択した。解説の原稿がうまく書けなくなっていたので、各章の終わりにあるコラムを少し早く書いてみた。
 すんなり書けた。
 その勢いで、リラックスもして、今日は2つの節の原稿を書き上げた。
 途中で読みかけの本も読了したので、勢いは止まらなかった。27冊目の読了は電子書籍である。私には珍しい。
 梅雨らしい蒸し暑い日だった。

7月13日(月)「体力不足を補う工夫・・・の風さん」
 月日が経つのは早い。庭の梅にたくさん実が成ったが、収穫しないでいるうちに、すべて地面に落ちた。
 寝室の窓から庭の柿の木が見えるが、実が成っている。梅の実と同じ緑色で、秋になると橙色に色づくのだ。桃栗三年柿八年の柿で、亡父が植えてやっと実が成った時は嬉しかったが、父はもうなかった。外見は美味しそうな柿で、必死に収穫してみたが、味はどろんとしていた。渋柿ではなかったが甘柿でもなかったのだ。
 昨日の執筆の勢いを今日も、当然考えた。しかし、スロースターターなので、雑務から始めた。
 頑張った雑務は非常勤講義のレポートの採点だ。最終回で変わった課題なので、採点は楽しかった。短時間で完了させることができた。
 今日もけっこう暑い。書斎の温調は、扇風機も回している関係もあって、29℃に設定している。かつて職場は28℃だった。ろくな仕事をしていないのだから、会社の職場と同じでは気が引ける、というのもある。
 遅い昼食後、やっぱり意図的にダウンした。元気が復活しないと執筆は困難である。
 夕方のふるさとの曲が流れる少し前に起き出した。
 そこからは早かった。今日も2つの節の原稿を書き上げることができた。

7月14日(火)「母校の活躍も気になる・・・の風さん」
 昨日の昼寝(3時間)の影響で、昨夜はさっぱり寝れなかった。
 昼近くにフラフラと起きてきて(もう人間失格だな)、とりあえずトーストとホットミルクで朝食。
 雑務は最小限にして、執筆に復帰した。
 昨日の延長線上の節を一つ書き上げた。
 この勢いを続けなければならないので、昼食は当然「抜き」にして、次の原稿の構想を急いで練った。迷っている場合ではない。決めたらすぐに着手。どうやら執筆速度は維持している。
 秋高の同級生からメールが入った。今年の高校野球の予想を聞いてあった。
 何しろ、夏の甲子園100年ということで、第1回大会参加校の10校が、当時のユニフォームで入場行進するという。準優勝した母校が出場しての行進なら、これに勝る名誉はない。
 同級生いわく、春の県大会で準優勝だったので可能性があるのではないか、とのこと。今日はシード校としての2回戦だったが、3回までで0−9と負けていたが、その後盛り返して、10−9で勝利したという。見事な粘りだが、2回戦から苦戦しているようでは、ちょっと無理かな、と思った。
 いずれにせよ、母校の頑張りを励みに私も頑張ろうと思った。
 今日も予定通りに2セクション書き上げた。

7月15日(水)「外出しても頑張るしかない・・・の風さん」
 今日と明日は外での用事があるため、やや執筆ピンチである。が、少なくとも1日に1セクションは書き上げねばならない。
 朝食後、JAとJPに出かけた。生活費の引き出しと送金処理である。
 すぐに戻ってビジネス原稿に取りかかった。
 昨日の続きで、イラストのページの原案作成である。会社員時代から講演活動はさんざん経験してきているので、ある程度慣れていると言えばいえる。しかし、創造的な仕事は、慣れでできることではない。やはり最初は発想(ひらめき)である。自分で気に入った発想があって初めてモチベーションが高まり、次の行動に移れる。
 行動に移ったとき助かるのがスキルと経験である。スキルは言わずと知れたパワーポイントの知識である。
 午後1時までに今日のノルマをこなすことができた。
 電車で名古屋へ出かけ、ATMに寄った後、JMAの会議に出席し、その後の懇親会にも出席した。今月最初のアルコール摂取(生中2杯)。
 日中は猛暑だったが、帰る頃にはしのぎやすい温度に下がっていた。
 名駅周辺がやけにお洒落な店で賑わっている。若い人が多い。景気が戻ってきたのは良いことだ。
 帰宅して、ひと休み後、明日の非常勤講義の準備をした。
 採点したレポートをスキャナーで読み込みpdf化して残しているのだが(田村先生に報告するため)、41枚読み取った後のボタン操作を誤ったらしく、データが消えた! 貴重な30分も無駄になってしまった。泣けるぜ。
 就寝は午前2時。

7月16日(木)「初めてのマリーナ見学・・・の風さん」
 台風11号が接近していて雨模様だが、今日も頑張らねばならない1日だ。
 昨夜のスキャナー読み取り失敗はショックだったが、やるっきゃない。朝食後すぐスキャナー読み取り41枚のやり直しをした。リスク回避で3回に分けて保存し、最後に合体した。
 非常勤講義の最後の準備は、講義資料をUSBメモリに入れること。先週はこれを失敗した。違った動画ファイルを入れてしまったのだ。資料の再チェックをした後、慎重にやった。
 時計をにらめっこしながら、続けてビジネス書の執筆開始。迷っている余裕はないから、自分の考えを堂々と書くしかない。
 何とか書けた。まだ時間があるので、気まぐれ日記も更新した。
 着替えて階下へ降りたら、トールの教室真っ最中のワイフと鉢合わせ。
 荷物を詰め込んで(忘れ物に気付いて2往復)キャメロンで出発。
 非常勤講義は定刻に始めた。前期15回のうちの最終回である。月末に任意参加のデンソー見学会を残すのみ。
 いちおうスムーズに用意したものを解説した。10分早く終了したが、片付けているうちに10分経過してしまった。
 慌ただしくキャメロンで本山キャンパスを出発。目的地は念のためナビに入れてある。
 雨が降ったりやんだりする中、快調に走っていたが、途中で、講義のために用意した動画4つのうち2つを見せるのを忘れたことに気が付いた。本当に大ボケ野郎だぜ(^_^;)。
 今月のとこなめ会は、尾州の会との合同で、NTPマリーナりんくうの見学が目玉だった。
 台風が来ているので、いつ大雨になるかあるいは大風になるか分からない中での行事である。
 マリーナは見学して眼福になった。初めてである。かつて伊勢湾フェリーポートだったところが、セントレアの開港に合わせてなくなり、そこをNTP(Nice To People)グループが改造してお洒落なマリーナにしたのだ。船酔いしなくてもプライベートボートとは縁のない私なので、こんな世界があることに驚いた。NTPとしてもボートを販売していて「あれ、いくらですか?」と質問したら「3千万円です」という回答だった。屋内でできる修理工場も見学した。船を海から陸へ上げるホイストは20トンと60トンの2基だ。
 ゲストハウスも面白かった。トヨタホームのプレハブで本体は7千万円だが、豪華な家具類を含めて改造した費用が1億円あって、総工費1.7億円とのこと。オーナーとゲストが宿泊できる場所だ。
 話題の燃料電池車「MIRAI」も見学した。国の補助金があってクラウンのハイブリッドよりやや安いという。今発注しても納車は2年後らしい。僕はキャメロンの方が好き。
 屋外の見学は雨に降られずにすんだ(風は強かったが)。
 その後、非常に面白い講演と食べきれない懇親会があって、午後8時、風雨の中を帰宅した。
 帰宅後も頑張って執筆の続きをやり、今日もノルマの1セクションを完了した。

7月17日(金)「台風の影響が残る中・・・の風さん」
 最近目安にしている7時間睡眠(と言うかベッドで横になっている時間)で起床。2日間けっこう大変だったので疲労が残っている。
 台風11号が上陸していてまだ勢力があるようで、雨が降ったりやんだりだ。でも、外出予定がないので、今日も頑張ろう。
 すぐに執筆に入れないので、たらたらと雑務を始めた(英語の勉強は原稿ができるまで中断)。遅い昼食までそれが続いた。
 昼食後、近所の電気屋が来て、解約したケーブルテレビのネットと電話の交換機を回収して行った。光に関する雑談が楽しかった。
 ようやく執筆に取りかかろうとしたのだが、疲労感が抜けず、気合が入らない。前に書き上げた原稿の問題点も見つかったので、再勉強を始めた。新たな発見があるから怖い。今回の執筆は、部分的に知識が不足していて、猛烈な勉強を必要とする。まるでビジネススクールの予習だ。
 夕方、ワイフが帰宅して、それを合図にしたかのように、私は書斎でダウン。
 夕食後、再び執筆マシンに向かったが、前の原稿の書き直しをするのに精いっぱいで、結果として今日は、1セクションもできず。
 予定とまるで違った1日になった。就寝は午前2時半。

7月18日(土)「作戦失敗・・・の風さん」
 さあ挽回するぞ、と7時間睡眠で起床。この気合で、結果的に失敗した。
 目の前にある執筆はIT関係なので、しっかり勉強してから書こうと思い、勉強を始めた。以前にも少し書いた内容なので、補強すればすむと思ったのが大間違い。面白い事実がたくさん出てくる。基本的に勉強が好きなのではまった。
 某メーカーの技術を徹底的に調べていたら、夕方になってしまった。
 やばいと思いつつ、本命のメーカーの調査に移った。すると、どうだ。やはり本命の方が技術的にすぐれている。第一に考え方が進んでいる。私の希望に合致している。
 そこで、中断。
 今夜は組長会議があるのだ。いつもダラダラと続いていやになる長い会議だ。一番の問題は出席者にある。つまり組長。役員側からの丁寧な説明を聞いた後、くだらない質問を連発する。年寄りが多いので、喋りたくてしょうがないのだろう。全員の疑問を解決するような質問なら歓迎なのだが、個人的な疑問だと脱力する。実際、それが多い。誰も聞きたくない質問だ。
 行きはポストに手紙を入れるため少し遠回りした。まさかの雨がポツポツと降り出したが、今さら戻る気にはなれなかった。
 集会所から帰る頃は土砂降りだった。iPhoneでワイフの迎えをリクエストした。
 それから夕食を摂り、再び執筆に取りかかったが、既に体力切れ。明らかな作戦ミス。
 母校の秋田高校は3回戦で敗退してしまうし、どうも風向きが怪しくなってきた。
 最後は無理やり1セクションだけ仕上げて就寝したが、また午前2時半だ。

7月19日(日)「執筆の苦労の真因がやはり・・・の風さん」
 台風が去ったせいでもないだろうが、夏本番になってきたようだ。雨上がりに窓外を眺めるとトンボが乱舞していたりする。インスタントコーヒー(バージンココナツオイル入り)を作るため階下へ降りたら、セミの声も聞こえてきた。庭のアジサイはすっかり精彩を欠いている。
 執筆終盤になって、なぜこんなに苦労しているのか。
 答えは明快だ。今回のビジネス本は、自分の専門分野であり、会社生活34年間の経験が絶対に生きると思っていたが、それが間違いだったのだ。今年初めから不足している知識をせっせと補充してきたが、泥縄では苦労するのは当然だったのだ。最近は、まるで名商大のビジネススクール時代の再現だと思っていたが、まさしく根っこは同じだったのだ。
 やはり自分の人生は二足や三足のワラジではなく、しょせん一足のワラジを、時々履き替えていただけだったのだ。
 今日はさらに雑事を絞って執筆に取り組んだが、結局、書き上げることができたのはコラム1本だけで、あとは、そこらじゅうの不完全原稿にやみくもに手をつけただけだった。でも、最後にやっていたのは、OECDのデータをエクセルに記入して、オリジナルのグラフを作成することだった。エクセルに慣れていると、こういう時に助かる(芸は身を助く)。
 就寝は午前3時。

7月20日(月)「まるで試験前夜の徹夜態勢・・・の風さん」
 今日がたまたま祭日だったので、それにかこつけて、締め切りを明朝までに延長してもらっていた。これは我ながらファインプレーだった(笑)。とはいえ、前途は決して明るくない。今日は、すべての雑事を停止して、執筆に専念することにした。
 しかし、ちまたは三連休で、観光地に住んでいる私は外出しないので知らないが、買い物に出かけたりするワイフの話によると、外はかなり混んでいるらしい。私も早く世の中に戻りたい(笑)。
 昨日の執筆は文章から入ったが、途中で挫折していた。今日はイラストのページから入った。あと3セクションだが、どういったイラストを入れるかで、もう一度構成を見直すことにしたのだ。
 少し恐れていたことだが、夕食前までに1セクションしかできなかった。これで徹夜の恐れが濃厚になった。
 夕食後も当然執筆に取り組んだのだが、実はまだ勉強が足りなかった。
 あるITベンダーのソリューションで使っているビューワ・ソリューションが何なのかよく分かっていなかった。ビッグサイトのブースで質問した時の回答が、素人の私には理解するのが無理だと思ったのか、あいまいだった。それが頭に残っていたので、何か特殊なやり方をしているのではないかと勝手に想像していたのだ。
 それがやっと理解できた。他社と根本的にやり方が違っていたのだ。他社はマルチCAD対応のためにどこかのビューワ・ソリューションを使うことが多い。この会社は、マルチCAD対応のために、ある技術を用いて自社のCADに取り込んでしまうのである。だから自社のビューワ・ソリューションが使えるのだ。まだ試していなかったが、私はこの会社のビューワ・ソリューションの64ビット対応無償版を執筆マシンにインストールしてあった(笑)。
 ようやく技術の中身が分かってきたら、次は執筆原稿である。私は何を主張すべきか、である。主張すべきことに対して、その事例として色々なITベンダーのソリューションを例示することになるのだ。

7月21日(火)「とりあえず第1稿を送信・・・の風さん」
 午前4時を過ぎたころ、ブラインドのスキマが明るくなっていることに気が付いた。夜明けが近い。つまり徹夜になる。
 牛のように鈍重に作業を続けた。焦ってもいけないが、諦めたらもっといけない。
 こうして午前6時過ぎに、ほぼ提出できるレベルに到達した。
 ひとっ風呂浴びている余裕はない。ボヤボヤしている出版社の編集部長が出社してしまう(笑)。
 イラスト原稿はパワーポイントで重いので3分割し、全部で4通のメールにファイルを添付して送信した。
 午前7時直前に送信が終了した。
 達成感より疲労感が正直なところである。
 それから、夢遊病者のように階下へ降りて、シャワーを浴びた。ワイフが2匹の猫と一緒に私の行動を眺めていた。
 名古屋へ出かけるワイフを駅まで送ってから、ベッドに倒れ込んだ。もちろんエアコンは全開。
 午後3時前に起き出した。いつものように変な気分だが、気持ちは落ち着いている。
 トーストで食事を摂り、のんびりと過ごすことにした。
 結局、今夜は本当にのんびりになって、例の番組録画はワイフが多忙だったので観ず、私はネットで映画を観てから寝た。また寝たのである。いつも通りに。時差ぼけは1日で解消される見込み。

7月22日(水)「雑務も再開・・・の風さん」
 昼間しっかり昼寝したのに、夜もちゃんと眠れるから、相当に疲労していたのだろう。
 しかし、やっと今日から普通の生活に戻れる気がする。うれしい。
 英語の勉強も復活した。雑務も再開。
 11月に慶應大学で講演するので、先生のご希望に合うように考えたテーマを連絡した。
 昼一番に地域の電気屋さんに来てもらい、長女の部屋のエアコンの交換について相談した。建築時にビルトインした関係で、非常に厄介な工事になることが判明した。どうせ10年以内にリノベーションするのだし、とりあえずの設置にしようかと考えている。
 新刊の『角倉一族とその時代』を寄贈するため、地元の図書館に出かけた。他にも図書館にない本を何冊か寄贈した。サークルメンバーとは久しぶりだったので、少し近況を話し合ったが、昨年のマイスタディ講座に参加した方が、そろそろ文章サークルが再開されるのではないか、問い合わせがあったという。何とか再開したい。
 帰宅し、昨日送ったビジネス本の原稿の中で、手直しが必要なイラストがあったので、作成し送信した。
 夕食後、やっと先日出演した番組の録画をDVDで見た。
 半分くらいカットされていたが、適切な編集だと思った。かく恥も半分に減ったということだ。命拾いした感じ(大袈裟な)。
 もう仕事をする気力は残っていなかったので、久しぶりにまた「アナと雪の女王」を観た。音声は英語で文字は日本語。何度見てもよくできている。

7月23日(木)「完全復調はまだ・・・の風さん」
 今日はさらに雑事をこなしていこうと力んだが、結局うまく行かなかった。疲労がとれていないので、気力がイマイチ出てこないのだ。
 しかし、絶対にやっておかなければならないことがある。前期の非常勤講義の結果報告である。それを真っ先にやって、田村先生へメールでご報告した。来週デンソー見学でご一緒できるので、そこで再確認することになるだろう。
 その後、ビジネス本は何もせず、二つのセミナーの準備と短編小説の検討があったので、すべて少しずつ手をつけてみた。けっこう重い仕事だということが分かって、また疲れた。
 昼食前にキャメロンで出かけ、給油と洗車、そして買い物をして帰宅した。ボンヤリしているうちに世の中は夏本番だ。セミの声も騒々しい。
 昨年お世話になった中産連から打ち合わせのメールが来たので、来週早々出かけることにした。新たな仕事が入ると嬉しい。
 明日は朝が早いので、早々に寝た。

7月24日(金)「蓮華寺から彦根城・・・の風さん」
 6時半起床。
 7時半にキャメロンで出発した。行き先は滋賀県米原市にある蓮華寺。そこには長谷川伸先生の名作『瞼の母』にちなんだ番場の忠太郎の忠太郎地蔵尊がある。近くが番場宿で、ここを訪れた長谷川先生が着想を得て作ったのが『瞼の母』なのだ。そして、3年後に先生ご自身も生き別れのお母さんと46年ぶりの再会を果たすのだから、人生とは本当に貴重なものだ。
 毎年7月24日に地蔵尊の供養会を開催していて、今日は五大路子さんのお誘いで参加することにした。
 自宅から蓮華寺まではナビによると116キロしか離れていない。マイカーならひとっ走りだ。
 9時半に蓮華寺に着いた。
 創建1400年にもなるのに、定住の住職さんがいないお寺で、地域の人たちで守られているという。今日は、山形と京都と愛知から3人のお坊さんがみえて読経があり、続いて子供たちの献花もあった。
 その後、本堂で五大さんのお話と一人芝居があり、子供たちには有意義な夏休みの一日となったと思う。
 昼食後、私は一人で10キロ離れた彦根城へ向かった。初めてである。こういうのは清水信先生から教えられた機会学習である。
 ちょうど井伊直弼生誕200年記念展が開催されていて、当時の直弼の考え方を、直弼が残した直筆の手紙などから説明してあったが、非常に勉強になる。直弼は列強の脅威を感じて開国したのである。
 当たっているかは100年後にはっきりするだろうが、当時、鎖国攘夷を叫んでいた人たちと、今の日本の平和を祈っている人たちが重なって見えるのは私だけだろうか。祈っているだけでは平和は維持できないと思うのだが。今年はもう8人の日本人が国外で殺されている。テロリストに狙われたらひとたまりもないだろう(先日の新幹線での自殺がテロだったら、死者は数百人になっていたろう)。
 直弼が青春時代を過ごした埋木舎(うもれぎのや)は、やはり作家の魂をゆさぶる。14男に生まれて、表舞台に出る可能性がきわめて低いにもかかわらず勉学に励んでいた直弼の心中と、彼の世話をしていた二人の女性。里和と志津。・・・。
 帰りは高速代を節約して、一般道を走って帰宅した。
 明日も朝が早いのだ。

7月25日(土)「除草作業でダウン・・・の風さん」
 5時半起床。
 6時半に集会所に役員と組長が集まってから、町内会の剪定・除草作業に繰り出した。
 草刈機の操作を覚える良い機会だが、覚えると自分の家も自分でやりたくなる、マイ草刈機も欲しくなる、それらが危険なため、あえて私は手で刈る。朝早くても夏である。空は夏らしい真っ白な雲が浮かんでいて、青空がまぶしい。団地への進入路の道路脇の除草に取り組んだ。カブトムシの死骸が多いのは、夜間にクルマと激突する例が多いからだろう。
 なるべく日陰になっているところを選んで除草作業を続けていたが、まもなくやぶ蚊に刺されるようになってきた。軍手の手でたたくと消し炭のように粉みじんになる。後に小さな傷。そういうことが頻発したが、不思議と痒くならない。腫れもツベルクリン反応以下だ。昨夜服用した抗アレルギー薬のせいだと気が付いた。
 作業が終わった時には、左足が8箇所、右足が6箇所刺されていた。薬を飲んでいなかったらとっくにショック死していたろう。
 帰宅し、シャワーを浴びてから朝食を摂り、次女を駅まで送ってから、リビングで昼寝した。
 結局、疲労が回復しないまま、つまり本来業務に戻れないまま、夜が更けて行き、就寝前に1時間ほど読書して穴埋めした。

7月26日(日)「長女が来てもダウン・・・の風さん」
 今日は長女が来ることになったので、午前中に少し仕事をした。まだ疲労は抜けていない。
 午後1時過ぎに、長女を迎えに行きがてら、郵便物を投函した。
 それにしても夏真っ盛りだ。
 セミの声がかまびすしい。……と言えば、ワイフからとんでもない話を聞いた。
 昨夜、庭のログキャビンから母屋に戻ろうと、サンルームのドアを見たらセミがとまっていたという。
 何とか払いよけてサンルームに入り、リビングのソファでゆっくりしていたら、セミの声がする。変だなと思ったら、自分の肩にとまていたという。すぐにセミは飛び立ち、ワイフはかねて用意の補虫網を物入れから取り出して、セミを捕獲。今度こそ、外へ逃がした。しかし、ショックか後遺症か分からないが、その後もセミの声が耳に残って仕方なかったとのこと。
 長女が買ってきた名古屋風お好み焼きで昼食にした。その後、長女の持ってきた話を3人で相談した。
 私は再びダウンし、リビングの床で仮死状態となった。
 夕方やっと起き出したが、イマイチ元気は出なかった。
 夜になってワイフと長女と3人で晩御飯を食べに行き、私はステーキを奮発した。筋が多かった。
 その後、名古屋まで、長女をアクアで送った。
 帰宅して、さっさと風呂に入り、ベッドで昨夜の続きの読書をし、28冊目の読了となった。ペースが落ちている。

7月27日(月)「商談成立・・・の風さん」
 午後一番に名古屋で打ち合わせがあるので、キャメロンで出かけたが、かなり早く家を出た。
 暑さも気になっていたが、それが理由ではない。名古屋国際会議場で「国際第四紀学連合第19回大会」が開催されていて、名駅周辺も含めて道路規制があるので、渋滞を気にしたのだ。昨日の開会式に出席した天皇、皇后両陛下は、今日はトヨタ自動車の元町工場にミライの製造工程を見学に行かれているので、そのための渋滞はないだろう。きっと大きな学会の会議に違いない。そういえば、大相撲も昨日で終わっている。
 ナビは愚かにも交通規制が敷かれている道路を案内しようとしたが、私は大きく遠回りをして目的地へ向かった。しかし、それでも名古屋市の中心部に入るとクルマの量ははげしく増えた。途中でコンビニに寄って缶コーヒーを買って飲んだが、余裕はまったくなくなってしまった。
 それでも、指定された時刻には現地に着いた。
 仕事の打ち合わせは順調に進み、私が最も心配していたスケジュールの問題も、幸運なことにクリアされ、ま、いわゆる、商談成立ということだ。
 帰りも一般道を走って、無事に帰宅した。やはりマイカーでの往復は楽だ・・・…と思ったが、暑さはかなりこたえた。
 夜はあまり仕事をしている余裕がなかった。

7月28日(火)「書斎のクーラーが故障? ・・・の風さん」
 連日かなり暑い。と言っても愛知県で暮らすようになってから、日中の最高気温が35℃以上のときに暑いと呟くことにしている。秋田で過ごした子供時代は、30℃以上と聞いただけで気を失いかけていたものだが。
 その35℃以上が今日の天気予報だった。
 しかし、やらねばならないことも多いので、気合を入れて朝から雑務含めて仕事に取りかかった。
 ところが、昼食後、リビングでちょっと横になったら、気持ちよくなって、そのままウトウト。何のことはない、昼寝。
 夕方から再度仕事に取りかかったのだが、イマイチ元気が出ない。
 クーラーをつけていても書斎の温度計が30℃を下回らない。
 おかしい。吹き出し口に手を当ててみると、あまり冷たくない。もしかすると故障? ガス抜け?
 オーナーと歩調を合わせるように、書斎のクーラーまでが元気がなくなった。

7月29日(水)「今年もデンソー見学会が無事に終了・・・の風さん」
 7時間睡眠で起床。今日も暑くなりそうだ。
 キャメロンで出発。今日はちょっと忙しい。1ヶ月遅れで床屋に行った。1980年以来利用している店だ。
 終わってから会社の来客駐車場にキャメロンをとめて、かねて狙っていたアングルで写真を撮った。
 コンビニでパンとコーヒーの昼食を済ませてから駅まで行った。今日は愛工大の学生たちのデンソー見学会である。私が非常勤をやらせてもらっている間は、ずっと続けようと思っているが、毎年、最も暑い時期なので、けっこう大変だ。
 20人で申し込んであったが、13人になってしまった。
 女性が多く、夏らしい恰好だったのは、私の注意をよく聴いていなかった証拠。
 それでも無事に午後4時に終了した。
 帰りに家電量販店に寄って、オーブントースターを買った。一昨日から3本あるヒーターのうち2本が加熱しなくなってしまったのだ。一番安価だったが、お洒落なデザインのものを買うことができた。
 壊れたかもしれないと思った書斎のクーラーが、ちゃんと冷風を出した。
 パワーは落ちているようだが、何とか使えそうだ。明日にもフィルターを掃除してみよう。さらに改善されるかもしれない。

7月30日(木)「クーラーのフィルターを清掃・・・の風さん」
 今日も一人で留守番だ。こういう日が実に多い。
 午前中、ワイフの年金の振り込みに行ってきた。それなりの年齢に達した自分の雑務もまだかなり残っているが、ワイフも数年遅れで色々なことが起きる。これから人生が花開くのなら、あらゆるリスクをとりながらチャレンジしていける。しかし、人生の終盤へと向かう段階では、少しずつ整理していかないと、残された家族が大変だ。
 最後に、来年からは自動引き落としになるように手続きをしてきた。
 昼食後、最も気温が高くなっているころに、自分自身がパワー切れとなった。
 こういうときは諦めてダウンするしかない。
 大事な仕事は遅れているが、少なくとも雑務だけは少しずつ進んでいるから、まあ、よしとしよう。
 夕方、ワイフが帰宅した。炎天下を運転してきたせいか、疲労が目立つ。これでは温泉に行ってきた意味がないな。
 午後7時半ころ、集会所に配布物を取りに行った。組長の仕事だ。足元が暗くなっているのに、湿度が高く、まだ暑い。
 夕食後、ようやく仕事に取り組み始めた。
 しかし、その前に、書斎のクーラーのフィルターを洗っておいたので、装着してみた。
 風量が増し、逆に、騒音が減った。もちろん冷風が出てくる。効果があったのだ。
 午前2時過ぎまで頑張って、10月のセミナーの構成(案)を作成した。
 就寝は午前3時20分。

7月31日(金)「雑務も着々・・・の風さん」
 昨日メールで出版社にお願いした本がもう届いた。後半からまた本を販売できそうなので、少し早目に注文したのだが、届くのが早過ぎる・・・…と思ったけれども、1冊、お世話になっている先生へ送ることにした。
 午前中にキャメロンで外出した。
 JAでお金をおろしてそのままJPへ行き送金。ワイフの健康診断費用である。
 続いて、少し足を伸ばして薬局へ行き、すぐ必要なものだけ購入。毎月中旬にシニア割引があるので、まとめ買いはそのときまでお預け。帰りにGSでキャメロンに少しだけ給油。満タン給油はイベントの時に限る。
 昨日に続いて、就寝前に、11月のセミナーの構成(案)を作成し、事務局へ送信した。
 昨日の返信がないのは、不在だからだろう。今夜の送信先は違うが、既に週末なので、返信は来週になると思う。
 明日からまた町内会の仕事が大変なので、早目に就寝した。

2015年8月はここ

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